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考える言葉

100%

2019年11月05日

過去に何度か、読み直している本のなかの一冊であるが、『100% すべての夢を叶えてくれる・・・たったひとつの原則』(ジェームス・スキナー著)というのがある。 何気にパラパラとめくっていると、次の一節に目が止まり、ハッとさせられる。 「ほとんどの人は自分自身をセーブしている。 人生はこんなに短いものなのに・・・・・ 人生は準備ではない、本番だ! でもセーブしている。 意味がわからないと言いたい」 何故、ハッとさせられたかというと、「自分の人生の目的、何をなすべきか」をずっと考えてきたし、それなりの解を得て生きているつもりだが・・・・・。 しかし、「今の状態で、"100%"と言えるのか?」と改めて問われると、いろいろな言い訳をしながら、"100%"でない一日、セーブしている一日があるような気がしてきたからだ。 「人生は一日一日が真剣勝負、本番だ!」と言いつつも、「明日の本番に備えて、今日はゆっくりしよう」など、はやりセーブしている自分に気づかされる。 この本の巻頭に紹介してある、次の言葉も印象深くて、セミナーなどでもよく引用させてもらっている。 「普通の人は、自分の仕事に対して持っているエネルギーや能力の 25%程度しか注いでいない。 自分の能力の50%以上投入する人に対して、世界は脱帽する。 そして、100%を注ぎ込むそのまれにない人物に対して、 世界は逆立ちして拝めるのである」(アンドリュー・カーネギー) 「自分なりに精一杯やった!」と思えるとき、「待てよ?」と、この言葉を思い出して、自らに問いかけると、慢心に陥らなくて済む・・・。 自分では、"100%"のエネルギーを出し切ったと思っていたが、「世界は逆立ちして拝んでいないではないか!それどころか、世界は脱帽すらしていない。やはり、並みの仕事しかしていないのか・・・・・」と、自制心が働き、もっと努力をしようと・・・。 また、著者は「100%の哲学は、完璧主義とは違う」という。完璧主義は、失敗を恐れて、結局のところ、何もしない失敗恐怖症の別名だと・・・。それに対して、"100%"の哲学は、改善は永遠であり、より良い明日を目指して、チャレンジする意識である。 人生は、選択。何よりも成功の原因となるのは、"100%"の行動である。

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