このページの先頭

トップページ > 考える言葉

考える言葉

無心

2026年11月04日

無心"とはいったいどんな心の状態をいうのだろうか。一般には、「心が何かに捉われず澄んだ

状態」を指す言葉である。

しかし、本当の"無心"とは、単に頭の中を空っぽにすることではない。余計な思い込みや雑念

にとらわれず、目の前のことに心を集中させ、ありのままを受け止める心のあり方ではないだろうか。
  禅の世界では、"無心"は大切な境地として説かれている。何かを成し遂げようとする際、「失敗し

らどうしよう」「人からどう見られるだろう」と考えすぎると、かえって本来の力を発揮できなくなる。

自分を良く見せたいという思いや、結果への執着が、心の自由を奪ってしまうのである。

 稲盛和夫氏は、人生や仕事の判断基準として「人間として何が正しいか」を大切にしてきた。

そこには、自分の損得や感情に流されず、純粋な心で物事を判断する姿勢がある。私たちは

日々の仕事の中で、知らず知らずのうちに先入観や過去の成功体験、他人からの評価に

縛られてはいないだろうか。"無心"になるとは、自分の考えを捨てることではない。自分の都合を

いったん脇に置き、事実と真正面から向き合うことだといえよう。

 IG会計グループが掲げる社会的インフラとしての使命を果たす上でも、この"無心"という姿勢は

大事である。お客様の経営課題に向き合うとき、こちらの都合や既成概念を優先していては、

本当に必要な支援を見誤ってしまう。

 未来会計やMAS監査においても、数字を単なる結果として見るのではなく、その背景にある

経営者の思いや社員の努力、企業の未来への願いを受け止めることが大切である。先入観を

持たず、真摯に聴き、事実を見つめる。その積み重ねが、お客様にとって本質的な価値を生み

出すのだと思う。

 また、無心は学びや人材育成にも通じる。後継者育成塾や経営人間学講座で学ぶとき、自分は

分かっているという思いがあれば、新しい気づきは生まれにくい。素直な心で人の話を聴き、

自分の未熟さを認めるところから、本当の成長が始まるのではないだろうか。

無心とは、心をなくすことではなく、心を曇らせるものをなくすことである。欲や恐れ、見栄や

先入観に振り回されず、今なすべきことに全力を尽くす。

小生もまた、日々の判断や人との関わりの中で、余計な執着を手放し、"人間として正しいかどうか

"を静かに問い続けたい。そして、"無心"に仕事に向き合うことで、自分自身の力を最大限に発揮し、

IGグループの使命の実現につなげていきたいと思う。

 

 

                                             "考える言葉"シリーズ(26-41)  

 

このページの先頭へ戻る